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鹿茸(ロクジョウ)はなぜロシアのスポーツ医学で研究されたのか|疲労回復・筋力・ホルモン研究の歴史

旧ソ連から現代へ――鹿茸の科学研究

古くから滋養強壮のために珍重されてきた鹿茸(ロクジョウ)。実は、この生薬は日本や中国の伝統医学だけでなく、旧ソ連・ロシアのスポーツ医学でも、疲労からの回復や身体的な作業能力を研究する素材として取り上げられてきました。

さらに近年では、鹿茸に含まれるペプチドなどの成分に着目した研究や、疲労を感じている成人を対象とする臨床試験も報告されています。

なぜ研究者たちは、成長途中の「鹿の角」に注目したのでしょうか。歴史的な資料と実際の研究データから、その背景をたどります。

旧ソ連で研究されていた「パントクリン」とは

鹿茸は、まだ硬く骨化していない、成長途中のシカの幼角を用いる動物性の生薬です。ロシアではこのような幼角を「パンティ(Панты)」と呼び、マラルと呼ばれるアカシカなどの幼角を利用してきました。

旧ソ連では鹿角由来の抽出製剤「パントクリン(Pantocrin/Пантокрин)」が開発され、疲労や身体的ストレスに対する研究対象となりました。1954年にはすでに、パントクリンの心血管系への影響に関する医学論文が発表されています。

また、ロシアの研究者ブレフマン(I. I. Brekhman)らが1968年に、パントクリンとさまざまなストレスへの抵抗性を研究したことが、後年のロシアの薬理学論文で紹介されています。このような研究は、身体をストレスに適応させる物質を探る「アダプトゲン」という考え方とも関係しています。

伝統生薬から、運動と疲労を研究する素材へ

鹿茸は「昔から体によいといわれてきた生薬」で終わらず、旧ソ連の研究者たちが実験・製剤化を進めた素材でもありました。

※1954年の論文は書誌情報を確認したものです。1968年の研究内容は2014年のロシア語論文に記載された先行研究の紹介に基づき、1968年の原著全文を直接検証したものではありません。

なぜスポーツ選手の回復に鹿茸が注目されたのか

スポーツ医学では、筋力や持久力を鍛えることと同じくらい、強い運動負荷からどのように回復し、次の練習に適応するかが重要です。

2016年にロシアの研究者が発表した論文では、競技スポーツにおけるアナボリック・ドーピングの制裁を意識しながら、運動後の回復を支える手段を探すという研究上の背景が説明されています。その文脈で、鹿角由来素材を用いた療法が検討されていました。

論文では、パントクリンのほか、ベルコルニンやエプソリンなど鹿角由来の製剤・素材を用いた先行研究にも触れ、身体的作業能力、トレーニングへの適応、回復などへの関心が示されています。

「激しい練習の後、身体の回復や適応をどこまで支えられるのか」。鹿茸をめぐる研究は、そんなスポーツ医学の実践的な課題につながっていたのです。

※これはロシアの論文に記載された研究目的・背景の紹介です。鹿茸が禁止物質を回避する目的で国家的に開発されたことや、競技能力を確実に高めることまで示した資料ではありません。

ロシアの研究:レスリング選手のホルモン・血液指標に変化

2016年、ロシアの研究者らは16〜17歳の男子レスリング選手27人を対象に、鹿角由来素材を用いた療法の影響を調べました。13人は鹿角由来素材を利用した電気療法を受け、14人はその処置を受けませんでした。

激しいトレーニング期間中の約10日間で、次のような変化が報告されています。

2016年のロシア研究で報告された変化率

テストステロン鹿角療法群 +18.5%非介入群 −9.5%
コルチゾール鹿角療法群 −41.2%非介入群 +23.0%
ヘモグロビン鹿角療法群 +2.9%非介入群 −4.0%
ヘマトクリット鹿角療法群 +2.7%非介入群 −2.4%

出典:Gavril'eva KS, et al. International Journal of Biomedicine. 2016;6(1):78?81. 各群内の処置前後の変化率を表示。

テストステロンは筋肉や身体機能などと関係するホルモンで、コルチゾールは運動などのストレスに反応するホルモンです。研究では、これらのホルモンに加え、血液の酸素運搬に関係するヘモグロビンやヘマトクリットにも変化がみられました。

数字だけを見ると興味深い結果です。ただし、この研究は鹿茸を飲ませた試験ではなく、電気療法による研究です。人数も少なく、開始時のコルチゾール値には群間差があり、鹿茸成分だけでどこまで説明できるかは追加検証が必要です。

スキー選手・持久系競技でも続いた鹿茸の研究

ロシアでは、レスリング以外の競技についても鹿茸由来素材の研究が行われています。2012〜2013年の論文には、次のような報告が残されています。

2012年血液の酸素運搬機能

激しい運動負荷を受ける選手を対象に、鹿茸由来製剤を使用。鉄欠乏状態の進行を反映する血液指標が改善する方向の変化を報告しています。

論文情報を見る →
2013年スキー選手とホルモン

鹿角由来成分を含む浴療法の研究で、男性選手に身体的作業能力の向上、テストステロンの上昇、コルチゾールの低下などを報告。女性選手では同様の有意な変化は確認されませんでした。

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2013年持久系競技とエネルギー代謝

シベリア産鹿茸を凍結乾燥した製剤を使用し、エネルギー供給に関わる代謝、脂質代謝、酸化・抗酸化バランスへの好ましい影響を報告しています。

論文情報を見る →

鹿茸は、単に「力をつけるための素材」としてではなく、回復・代謝・ストレス反応・血液の働きなど、さまざまな側面から研究されていたことが分かります。

※各論文で使用したものは、浴療法、凍結乾燥製剤などで異なります。ロシア語原著の全文を確認できなかった論文については、PubMedに収録された英語抄録の範囲で紹介しています。

海外の比較試験では、筋力・筋持久力に興味深い数字も

鹿茸の研究はロシアに限りません。2003年には、カナダなどの研究者が、運動習慣のある男性38人を鹿茸粉末・鹿茸抽出物・プラセボの3群に分け、10週間の筋力トレーニングを組み合わせた二重盲検比較試験を行っています。

2003年の二重盲検試験

膝を伸ばす筋力の改善率:鹿茸粉末群 +30% / プラセボ群 +13%

筋持久力の改善率:鹿茸粉末群 +21% / プラセボ群 +7%

この2項目では鹿茸粉末群の改善率がプラセボ群より大きく、群間差も統計学的に有意でした(膝伸展筋力:p=0.04、筋持久力:p=0.02)。一方、最大酸素摂取量(VO?max)や血液量、テストステロン、IGF-1などには有意な変化がなく、すべての筋力評価で同じ効果が確認されたわけではありません。

したがって、鹿茸に筋力を確実に高める作用が確立したとはいえませんが、実際に人を対象として筋力・筋持久力への影響を比較した研究が存在することは注目に値します。

2025年:鹿茸の酵素分解抽出物で、マウスの水泳持久時間が約1.5倍に

近年は、鹿茸に含まれる成分をどのように取り出すかという製法にも研究が広がっています。

2025年に発表された韓国の研究では、酵素で分解処理した鹿茸抽出物「YC-1101」をマウスに21日間経口投与し、体重の5%に相当する重りをつけた水泳試験で、疲労困憊までの時間を測定しました。

マウスの水泳持久時間(平均値)

鹿茸抽出物を21日間経口投与した動物実験

対照群
 
351.6秒
酵素分解 50mg/kg
 
391.1秒
酵素分解 62.5mg/kg
 
422.0秒
酵素分解 100mg/kg
 
528.1秒
非酵素分解 100mg/kg
 
347.6秒
0200400600秒

酵素分解抽出物100mg/kg群は、対照群と比べて持久時間が約1.50倍となりました。

出典:Park KH, et al. J Ethnopharmacol. 2025;337:118965(Figure 3B・本文)。原著の平均値を小数第1位に丸め、鹿茸関連群を抜粋して表示。緑色の部分の長さが水泳時間を表し、すべて0〜600秒の同じ目盛りで表示しています。原著には別途クレアチン500mg/kgの陽性対照群(804.5秒)もあります。誤差範囲はこの図では省略しています。

さらに、筋組織のLDHや抗酸化関連の指標についても変化が報告され、酵素分解によって得られる低分子ペプチドが作用に関わる可能性が示唆されました。

興味深いことに、酵素分解していない別の鹿茸抽出物では、対照群を上回る持久時間の延長がみられませんでした。同じ鹿茸を原料とする抽出物でも、加工方法によって実験上の働きが変わる可能性を示す研究です。

2026年:疲労を感じる成人100人を対象とした臨床試験

鹿茸の研究は動物実験だけではありません。2026年には、韓国のソウル大学などの研究者が、疲労を感じている成人100人を対象とした8週間のランダム化二重盲検プラセボ対照試験を発表しました。

鹿茸の酵素分解抽出物「YC-1101」を摂取した群では、プラセボ群に比べて全般的・身体的な疲労感の評価スコアに有意な改善がみられました(群と時間の交互作用:p=0.002)。

「疲れを感じる」「疲れやすい」といった項目でも変化が認められ、運動による疲労困憊までの距離についても、外れ値を除いた解析では改善が報告されています。

古くからの滋養強壮素材が、現代の臨床試験へ

旧ソ連で研究されていた鹿茸由来素材が、2026年には疲労を訴える成人100人を対象とした比較試験でも検討されています。

※疲労重症度尺度(FSS)の総得点については、プラセボ群に対する統計学的に有意な改善は確認されていません。評価項目によって結果が異なります。

ただし、この試験で用いられたのは特殊な酵素分解抽出物で、日本の鹿茸粉末や鹿茸配合医薬品そのものを試験した研究ではありません。

鹿茸に含まれる成分は、なぜ注目されているのか

鹿茸に使われるシカの幼角は、成長途中の組織です。シカの角は毎年生え替わり、短期間で骨や軟骨、血管、神経などが成長します。この特殊な再生・成長過程から、鹿茸に含まれる成分の分析が進められてきました。

ペプチド・タンパク質

鹿茸由来ポリペプチドやコラーゲンなど。筋肉、炎症反応、酸化ストレスなどに関係する基礎研究が行われています。

IGF-1などの成長因子

組織の成長や修復に関わる成分として研究されています。ただし、成分が含まれることと、口から摂取して全身で同じ作用が出ることは別です。

糖脂質・リン脂質・多糖類

細胞膜の構成や免疫系などとの関係から、成分分析や基礎研究が進められています。

2016年には中国の研究者が、高齢雄マウスに鹿茸由来ポリペプチドを投与し、テストステロン合成に関わる分子やホルモン値の変化を報告しています。これはロシアのスポーツ医学研究とは別に、生薬成分の働きを細胞・分子レベルで探る研究が進んでいる一例です。

また、2024年の総説では、鹿茸由来ポリペプチドについて、筋骨格系・神経系・免疫系などを対象とする53件の研究文献が整理されています。

古い生薬だからこそ、現在も研究される理由がある

このように鹿茸は、旧ソ連のパントクリン研究やロシアの競技選手を対象とした研究だけでなく、カナダの筋力試験、韓国の疲労研究、中国の生理活性成分研究など、各国で幅広く研究されてきました。

一方、2012年のシステマティックレビューでは、当時のランダム化比較試験7件のうち、鹿茸の効果を十分に裏付ける研究は限られると評価されました。研究ごとに使用した素材や製法、投与方法も異なります。

それでも、かつての強壮薬としての経験が、今では「疲労」「筋力」「身体の回復」「ホルモン」「生理活性成分」という具体的な研究テーマにつながっていることは、鹿茸の興味深い特徴ではないでしょうか。

伝統的な生薬が、世界各国の研究者に繰り返し取り上げられてきた。その歩みを知ることは、鹿茸が長く珍重されてきた背景を考える一つの手がかりになります。

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参考・出典(13件)
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  2. Comparative Study of General Tonic Activity of Crushed Red Deer Antlers. Fundamental Research. 2014. (1968年のBrekhmanらの研究を紹介)原文
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  13. 小太郎漢方製薬.参茸大補丸錠「コタロー」添付文書・製品情報/三和生薬.鹿茸大補湯(ロクジョン)製品情報。
カミツレ薬局 薬剤師監修

本記事は、旧ソ連・ロシアの関連資料、海外の学術論文、医薬品メーカーの資料などをもとに、鹿茸の研究史と現在の知見を紹介しています。

※海外で研究されている鹿茸素材には、粉末、抽出物、酵素分解物、浴療法・電気療法などがあり、動物種や製法も異なります。ここで紹介した研究は、掲載した国内医薬品そのものの効果を検証したものではありません。製品はそれぞれ承認された効能・効果と用法・用量の範囲でご使用ください。